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In my life.
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・優しきものほど怒りは大きいもの

 その怒りが一つの優しさを
 消し去った時にはもう終わり
 さあ今こそ歌おう喜びの歌を   --歓喜の歌/Bank Band 





自殺というのは手段であって、
その目的は「死にたい」というもの。

「死にたい」と思うから人は自ら死ぬ事を選び、自殺をする。

リストカットはその疑似体験であり、
「死にたい」と思っている自分を腕を切る事で、
「私は死のうとしている」という意識を持たせ、
それによりその意識を発散・拡散しているのか。

煙草を吸うというのも、
実は「遠回しな」自殺であり、
吸う事により自分を死に近づけて、
それにより本来を留まらせているのか。

他人の事はよく解らない。
しかし今の私の気持ちから推測すると、それらの行動の本質は、こうなる。

以前「自殺をしたい」と思う事はあった。
それは決して「死にたい」というわけでなく、
そんな物語を紡いでみたいと思っただけだ。
しかし今「死にたい」と思う。

ある人が私ではない誰かに私へ向けていた笑みを向けるのを、
考えたくなくて、でも考えてしまう。
別れる前ならただの惚気だが、
別れてからでは見苦しいまでの悲劇だ。
しかし、いずれそうなるのだろう。
そしてそんなものを見たくないと私は思う。
だから、「死にたい」
今のこのどうにもならない状況からの逃避。

自殺したいわけじゃない。
ただ、死にたいんだ。
よく考えると、死にたいわけでもないな。
全てから、逃げたい。
でも、逃げたくない。
逃げるべきか、向かうべきか。
生きるべきか、死ぬべきか。
きっと、私は今選びたくないだけだ。
だから苦しい。






 まったく普段と何も変わらない、昨日の続きの日常のある日。学校に着いた私は急な集会に面倒臭さを感じながらも、その事の重大さと、あまりに焦燥感を浮かべた教職員たちの顔を見て、大人しく体育館へと向かった。いつもなら笑いふざけザワザワと賑やかしい生徒たちは、今日は皆ひそひそと何かを恐れているかのように、静かにそれが始まるのを待っている。そして額に玉のような汗を浮かべた校長が疲れた顔をして全校生徒の前に立ち、集会は始まった。
 どんな事を言われたか全てを覚えている訳ではない。どうせ人の話なんてものはほとんどが意味の無いもので、重要なところさえしっかりと把握していればそれで良い。その日の校長の話で重要だったのは、
『何を訊かれても軽々しく話さないように、』という事だけ。
 他にも言うべき事は、伝えるべき事は、たくさんあるはずなのに。
 そう。前日、私の後輩は殺人未遂で逮捕されたのだった。

 そこに一組のカップルがいた。二人はとても愛し合っていたが、まだ学生である二人はずっと一緒には居られなかった。だけど、二人はずっと一緒に居たかった。そこで二人は考える。それなら一緒に暮らせば良い。しかし親は言う。まだ早すぎる。だけど、二人は待つ事などできなかった。そこで二人は考える。親が居なければ二人で暮らせる。だから、殺してしまおう。二人は親を殺す計画をする、二人で暮らす為に。そしてそれは実行に移された。男は親を殺した。女は殺そうとしたが殺しきれず、二人は逃げたが、しかしすぐに捕まった。男は殺人罪。女は殺人未遂。二人は未成年。女の方は精神鑑定の必要あり。事件の詳細はこんなところだ。

 私の通う高校は少し変わっていて、一学年が六つの専攻に別れている。一専攻は四十人でクラス替えは無く、三学年合わしても百二十人と少ないため、縦のつながりが非常に強い。だからそれ程親しいと言える程の仲ではなかったが、顔を見知っている程度には彼女は私の“後輩”だった。登校時に同じ電車に乗っている事もあったし、皆で一緒に「猛獣狩り」というゲームをした事もあった。
 そんな彼女の今回の事件。いつもニュースで見るような、知らない人が知らないところで起こしたようなものじゃない。防げなかった苛立ち、何もできなかった悔しさは私の胸を締め付けた。これからの彼女の事を思うと、酷く悲しくなった。もし罪を償い社会に復帰したとしても、自分を殺そうとした娘を、親はどう思うのだろう。色々と考えると切なくて仕方が無くなった。それでも朝から晩まで考えた。日が変わっても考えた。
 だが独りで考え抜いた数日後、私は愕然とした。誰も何も話そうとしないのだ。いつものニュースと同じように、いや、それ以上に話題にしない。まるで話す事が禁忌であるかのように、皆その事件について口を閉ざした。校長が「話さないように」と言ったのはハイエナのような記者たちに対してだった。私たちが話す分には口を閉ざす必要は無い。私は不思議に思った。これは私たちが考えなければいけない問題だ。私たちと同じ場所に居て同じ授業を同じ先生に受けた人間が起こした事件だ。私たちはその事を受け止め、何故そうなったのか、どうしたら良かったのかを考えなくてはいけない。決して無かった事に、ただの「汚点」にしてはいけない。そう私は考えていたのだが、皆はそうではなかったらしい。そして世間も。
 事件が起きたその時は、それはいくらなんでも言い過ぎだと思えるくらいセンセーショナルにどかんと一面を飾っていたのに、数日経ったらもう三面記事だ。私にとってはかなり大きな出来事だったのに、世界と私の温度差はあまりに違い過ぎた。それが当たり前だという事は解っている。今回の事件も、他の場所にいるものにとってはいつものニュースと同じ。知らないやつが知らないとこで人を殺そうとした、それだけの事。しかし、それでも。私は世界に見放されているような、お前はあくまで独りなのだと世界に言われているような、そんな気がした。

 それから一年が経ち、私もその事件について考える事は殆ど無くなっていた、そんなある日。次の事件は起こった。高校を無事卒業し大学に通っていた先輩が、自殺したのだ。
 それを聞いた時の私の驚きようは、今冷静に思い出してみても凄かった。突然友だちからメールで「先輩が亡くなったらしい」と連絡が来て、意味が解らなくてハテ今日は四月一日だったかなと思考が止まって。兎にも角にも電話してみたら、友だちもよく解ってないようだが、確かに亡くなったらしい、と。
 信じられなかった。とても信じられなかった。信じる事はできなかった。つい先日「合コンの時にこのネタを使え」と「イエローキャブキャブ〜」などと巫山戯た事を言ってた先輩が死んだ?そんな馬鹿な。狼狽えながらも私は、真実を知るだろう先生のところへ走った。先生、そう呼ぶと先生は顔を上げ、私の顔を見ると声にならない声を出そうとする私を静かに近くへと呼び寄せた。そうか、お前も聞いたか。そう言われた時、私は思わず泣いてしまった。私はこんなに泣けるのか、泣きながらにしてそう思う程に、涙は流れた。本当なんですか。あぁ、本当や…自殺…らしい。
 その数時間後、私は先輩のお通夜に出ていた。確かに先輩は、死んでいた。話によると、しばらく前から連絡が取れなくなっていて、不審に思った先輩の友だちが、一人暮らしをしているその部屋に訪れたところ、自殺していた、という事らしい。遺書は無く、理由も解らず。原因が見えぬまま、結果だけが私の目の前にあった。

 それから約半年、私は安穏に生活を送っている。今も自殺の理由は解らず、後輩もどうなったのか分からない。当時あれだけの憤りを怒りを悔しさを感じ、忘れることを何もしないことを嫌悪していた私は、結局何もせず、事件の存在も忘れていた。それを、今ここに書くことで再び思い出す。だが、今の私にできる事は、もうただ大切な人たちが無事に日々を幸せに日々を送ってくれる事を願うだけ。もしまた何か悲しい事が起こったなら、きっと私は後悔するのだろう。自分を嫌悪するのだろう。何もしなかった事を、怒るのだろう。だけど私は動けない。何故だろう。いや解っている。私は諦めているんだ。心の底で、魂の本質的なところから既に、私は全てを諦めているんだ。世界は、“そういう風”にできているんだと、格好つけて悟った気になって真理に触れたと勘違いして傲って、実際はただ諦めているんだ。仕方無い、どうしようも無い、そう諦めているんだ。
 今、私は幸せだ。私が私であるだけで、十分に幸せだ。そう感じている。だからこそ、諦めてる。上を目指す事を、理想に近づく事を、夢を叶える事を、諦めてる。向上心など欠片も無い。





 という文を書いて一ヶ月とちょっとが経った。
 私は安息を失った。私が私である事は変わらない。ただ、私が私である事を知っている人は去った。私の根拠は無くなった。今私にできる事は、時が経つのを待つだけ。時が経つのも辛いけれど、時が経ったくらいで変わるのも辛いけれど。

私は動けない。




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by n-shunzo | 2005-09-01 13:45 | 思考